私たちが実現したいことは、「在宅生活の延伸」です。フィットネスや高齢者ジム、整体や整骨院もその手段の一つですが、そういった場所は運動や疼痛対応場所であって、医師やその領域の理学療法士等が実施する場所ではありませんので持病がある場合はお勧め出来ません。これまでも手足が変形したり進行したりするなど悪化した方を何例もお受入れしてきました。例えばリウマチの方への負荷は医学的合理性を要します。関節が摩耗し炎症を起こします。自己免疫疾患ですから免疫応答として痛み(プロスタグランジン等)の発痛物資が放出され炎症・腫脹を起こします。それを繰り返せば変形という末路が待っています。最近では鍼灸を長年信用して通っていたが悪化したため来所された方もいらっしゃいました。
このように運動して少しでも元気でいたいという気持ちは、「少しでも健康でいたい。子供や家族に迷惑をかけたくない、でも家に居たい。孫の顔がみたいなど」という不安や想いからでしょう。これが本来の人間らしさだと思います。
私は多くの方の看取りを経験させて頂きましたし、今も特養等ではそういった方々の安楽を支援しています。最期の状態や病気への不安を誰も抱えたくありませんよね。年齢関係なく仕方ないといって受け入れられる境地は悟りの域なのかもしれません。四肢が固まり自分で寝返りも出来ず、24時間、食事・入浴以外はベッド上で過ごす。オムツを定期的に変えられ、延命治療の中、それでもなお生きていく。車いすに座っても、自分ではご飯も食べることが難しい。決して自然の摂理に反したことではありませんが、これが現実であり受け入れがたい事実だと思います。私たちはそういった方々に少しでもお役に立てるようこの事業を始めました。つまり在宅支援は在宅を支えることだけではなく、在宅生活の延伸(在宅にいられる時間を可能な限り延すこと)を図ることが必要なのです。医学的限界もありますし、訪問だけでも難しいでしょうし、ただ通所を開業しても根本的な解決にはなりません。こういった事業は部分的支援になり根本的な面を経験的に支えきれなかったことがほとんどでした。介護負担軽減を図る仕組みもいくつかありますが、介護負担軽減(レスパイトケア)に軸を置いても解決にはなりません。もし介護負担軽減であれば介護保険ショートステイか通所介護(地域密着型通所介護除く:費用が高いため)、24時間訪問介護看護一択です。但し、認知症の方は環境変化に弱いので事業所を変わると悪化する場合を多々見受けます。帰宅願望や暴言などのかたちで感情表出されます。そうなると抑肝散やリスペリドンなどの抗興奮薬で抑え込みます。鎮静や過鎮静(動けなくなる)がかかり、これを業界的にドラッグロックと言います。つまり延伸は仕組みだけでは解決しがたいhatoutoが求められる分野だと思っています。
話は変わりますが、前回、座骨神経痛の治療理論をアップしました。久々、療法士に徒手をお伝えしていると感覚差や観方を伝えるには実際に手の圧力や感覚などが必要になる。と実感しました。ゴルジ腱器官に伸長を加えると収縮に向かいます。これをシナプス反射と呼んでいますが、これには脳から原始反射(子供の頃の原始的反応)の抑制が加わります。つまり、腕を伸ばそうとした場合、肘が伸ばされたことに過剰に反応して腕を曲げようとするな!っていう指令が出ています。医学的には相反神経支配と言います。屈筋と伸筋の筋力のバランスも若干必要になります(てこの原理)。これが解放されれば医学的に痙性(痙縮:スパシティー)と呼んだりしています。この仕組みが減弱すれば弛緩(フラッシー)します。私たちはこれまでの身体の成長で獲得した脳の役割を総称して高次脳機能と呼んでいます。つまり、このイレギュラーした状態の腱にトラクション(伸張)をかければ緩めることも出来る場合もありますが、逆に緩める(減弱)させてしまう場合もあります。そこを今回、療法士の方と徒手で一緒に学びました。
最近、「痺れ」が話題になることもありました。痺れは非常に難しい部類に入ります。問題部位があるから痺れるのですがそれを除去しても残ることが多いからです。痺れ方にもよりますが、痛覚は温冷覚と同じバイパスを走ります。というか同じです。それを超えた感覚が「痺れ」です。神経が問題部分から発痛物質を受け取り痛みを自覚しますが、それを超えていった感覚を抑制するには痛覚や温冷覚を理解する必要があり、感覚統合療法に発展していきます。ボバースを学んだ方ならご理解頂けると思います。
ビジネスモデルも同じです。私たちは「在宅の限界点の延伸」を目的に運営し必要なサービスを加えている最中です。地元のお年寄り(私が子供の頃はおじちゃん・おばちゃん)は農家か漁師が多いマーケットです。金銭的にも他の面でも自宅にいること(家を守る)が当たり前の方々です。作業療法士なので、高齢者に限らず精神デイや小児デイ、障害専門デイでも、就労でも何でも事業転換出来ますしその必要があれば具現化出来ます。しかし、一般企業同様、就労支援AやBも賃上げで苦境ではないでしょうか。しかも支援される側より支援する方が、利益を生み出すために肉体労働に勤しんでいる現状だと思います。
作業療法的に言うならば、段階付けや枠組みがないので就労と障害の程度がマッチせず、結局、支援される側が1人立ち出来ない状態になり、親御さんもお子さん達の将来を心配されているのではないでしょうか。就労の歴史も一定期間経過し、そういった課題が明白になってきています。つまり、こういうことは10年がかり、もしくはそれ以上の時間を要するのです。地域包括ケアも10年経過しどうでしょうか?包括したケアで皆が安心できていますか?私たちは具体的な方法として地域法的支援プログラム(ACT)を実践していますが、地域包括ケアでは都心部は特に行き詰ると感じていました。地方でもそれだけのライフライン・マンパワーへの予算投入は難しく、結局は有料老人ホームから訪問看護などの事業所が乱立しましたよね。結果、予算(税金)投下が増えただけです。子供・介護保険の関する税金も鰻登りでしょうか。
たまった借金は、私たちの子供やお孫さんたちに重たいバトンとなって渡ります。決して安くはありません。これだけ増え切ったものを背負わせるのも私たち次第なのです。
私が昔、ある方に靴を履かせようとしたら「あんたは私が家に帰ってもずーッと靴をそうやって履かせてくれるんか?」と言われたことがあります。答えは明白です。その方のゴールを見誤った私が悪いのです。生活はリアルです。浅はかだったと反省しました。この方はそれを障害を背負った立場として教えてくれたのです。私がその方の立場に立てていなかったゆえの出来事です。つまりこれが地域包括ケアでは全てフォロー出来ない生活実情なのです。
これから増々AIが発達しますが私たちの仕事はAIには変われません。だから人の支援を求め、国策として外国人材の投入、療育分野での基幹を担う場所では国の予算投入は厚みを増すでしょう。療育をするには作業療法士や言語聴覚士といった資格者の存在は欠かせません。保育は保育士さんが必要になります。細胞学も発展し研究が進み投薬以外の細胞治療も始まってくると思います。電子工学や理工学分野でも近未来は飛躍的に発展するのではないでしょうか。子供にかける予算、お子さんがいる働き手の被扶養額の変更なども拡充されていくでしょうし、介護保険の支給限度額さえも拡充に向かうでしょう。
そういった中、「健康でいたい。誰かに迷惑をかけたくない」「こどもの将来をどうにかして欲しい」「困ったからどうにかして欲しいけど分からないから助けて欲しい」という不安や人の想いは不変です。私たちの責務はそこをサポートすることです。自分がそういう状態や課題を抱えた時、初めて苦しさや不安に気づき相手の気持ちを理解します。そして無力さや悔しさ、苦しさ、焦燥感などを抱えます。そこを私たち医療・介護の経験者がサポート出来ればと考えています。不安で悩むことがありましたらお気兼ねなくお問合せ下さい。地域の実情を知る者やマーケットの経験者達がサポートすることは何よりも確かで確実な安心材料になります。
