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 思い返せば、2年前 今更、なぜ介護事業? 訪問看護なら簡単に始められるのなどの声も頂きました。市内に30か所あるそうです。確かに基準が緩やかなサービスは安易に手を出す事が出来ますし、設備投資も他の事業と比較し安価で出来ます。施設運営のお話や今の事業をⅯ&Aして欲しいというお声かけも頂きました。 

 しかし、この市場に必要なもを「特養の生活相談員や訪問看護のセラピスト、通所リハや通所介護などの現場のリーダーや有料老人ホームの施設長、地域密着系の管理者として見つめてきた経験」、そして「多くの方を観取った経験」をもとに必要なものが何かを肌で感じていました。

 年金で入れる施設を謳い文句にしている有料施設も時折見かけますが、利益性を考えると設備投資の軽減や人件費の削減、部屋数や多床室の増加などを要するため、入居者側からしても職員側からしてもハードな心労が待っています。ナースコールを押しても中々職員が来ないなどの問題が生じます。仕方がありません。ICT化を図り見た目は良いですが精度が不十分な点も多いのが現状でどうしても人の力が必要です。職員も少ない中必死です。中には生活保護者をターゲットにしている場合もあります。行政としても助かる側面があるのかもしれませんが、本来の福祉の趣旨とは違うのかもしれません。

 いずれにせよ、業務や方針に職員が不満や損得・裏表の顔を抱えてしまうと、正直、納得できないことをしない・出来ない・理解できない・受け入れない状態が生じる可能性があります。そういう感情についていけない職員も現れます。あくまでも「働き手として納得出来ないのであって」、「ご利用者が納得できるように出来るかが抜けてしまえば」、充実感も達成感も何も残らず、給与というお金だけが残ります。高い給与をもらって良い仕事をすることではなく、「「良い仕事をした結果、お金を頂くという」本筋から外れた風習や慣習が生まれます。

 特に「誠意をもって努める部分が抜けてしまい」、「質は落ち」、「法律は守れるが組織が決めたルールは守れない」。そういう職員は会社や上司に良い印象を持ちません。上司を含めた経営陣にも問題や課題は多々あるでしょうが、それが会社であり組織でもあります。それが嫌なら自分がルールを決める立場に選ばれることです。それが出来ないのに「ああだ、こうだ」の批判は矛盾が出てきますし非効率的です。政治の世界でも何でもそういう仕組みになっていると思います。そういう職員がいる職場は顧客側も報われないので、仕事の価値が薄れ、結局、不満が残ってもお金は残らない状況に陥るのかも知れません。

 3月9日発売の月間パートナー「日本の頼れる専門家特集100人」に「経験的な重要な答え」を掲載しています。偶々、出版社から選ばれましたので、色々な書籍を読まれている方で何か物足りない方、何かいい本ないかなーと探している方、これまで本を読む機会がなかった方でも経験値を安価で買うことが出来ます。Amazonの「kindle版」でも購入できるそうです。

 リハ専門職が運営している事業は市内界隈は珍しいので、このブログを観て頂いている方の多さに驚きますが、私はいち専門職であり、障害者や高齢者の生活やその最期(看取り)とその後の家族のグリーフケアやサポート、家族が抱えてきた悩みなどを、介護保険が始まる少し前から経験してきた現場職員でもあります。そういう意味では専門職の範囲と経験値の根幹が他の療法士と全く異なります。介護保険開始前からなので恐らく希少なタイプでしょう。

 儲けようと商売をしないと儲からないけども、それでも儲かる補償はありません。ビジネスモデルのど真ん中に「信念や想い」があり、給与や業績がついて来ると思っています。でも「信念や想い」だけでも上手く行きません。SNS等で発信したり、広告を出してみたり、その時点で「既に厳しい業績や実情に近づいている」のかもしれません。上手く行っているところの真似をしても、オリジナリティはオンリーなものなのでその通りには行きません。打開策の一手として研修や見学を求める場合も多いかと思います。私はその人だから成せるビジネスだと考えているのでそれも意味を持たないと考えています。だからこのブログ以外は基本的にしません。

 現状に何らかの想いがある方は「独自性のある経験」を知ることが、自分を変えられる要因として重要です。自分のレベルを高めたり、現状を変えたければ、自分より能力の高い人や環境に挑戦することが求められます。スポーツでも勉強でも何でもそうだと思います。努力だけではどうにもならない問題があります。言い訳を繰り返し、明日も同じ疑問や矛盾を抱える。反対に行動できる人もいます。多くの方がこのロジックの中にいるでしょうし私もそうでした。簡単なことではありませんが、働ける時間も限られています。病気をすることなく健康が続く保証は誰にもありません。だから行動という行為はその人の運命を変える程の価値があります。その役割が担える法人でありたいと考えています。